Ynikiの備忘録

日々の勉強のまとめを不定期に書いていきます

呼吸数測定は重要なのに,なぜ軽視されるのか?

呼吸数は,測定の不正確性や煩雑さから省略されやすいバイタルサインの1つといえるが,その臨床上の重要性は, 呼吸不全のみならず近年注目されており,必ず測定するようにしたい.

呼吸数の正常値は一般的には 12~20/min といわれ,それ以上を「頻呼吸」,8/min 以下を「徐呼吸」とよぶが,意外にも国際的に一致した"定義は"ない.

循環不全では血圧が下がる前に脈拍が上がるように,呼吸不全では SpO2が低下する前に呼吸数が増加する。分時換気量を増やし PaCO2を低下させることで, 肺胞内の酸素分圧を上昇させる合理的な反応といえる.

そして呼吸数は,呼吸不全だけではなく種々の

侵襲への反応として早期に変化し, その異常は肺炎の発症,院内死亡 [6/min 以下でオッズ比 (OR)14.4. 30/min 以上で OR 7.2] や院内心肺停止発生(27/min 以上で OR 5.56) の独立したリスク因子として、複数の報告がある.

疾患特異的なスコアリングとして肺炎に対する CURB-65やPSI, 敗血症のスクリーニングに使用するqSOFA** などにも,呼吸数の異常は含まれている.

特に,院内急変を未然に防ぐRRS (rapid

response system)の分野での起動トリガー

(EWS)としても,近年注目されており, 多く

の種類の EWS において呼吸数の異常は重要な項目とされている.

不随意呼吸は延髄の呼吸中枢が調節し,随意呼

吸は大脳皮質が調節している。延髄の呼吸中枢は,頸動脈小体などにある化学受容体で血液の pH,PaO2, PaCO2をモニタリングし, pH の低下やPaO2 の低下, PaCO2 の上昇を認めた場合には呼吸中枢ヘフィードバックを行い, 呼吸数や1回換気量を増やして代償する。これが, 呼吸不全患者にみられる頻呼吸や, 1回換気量を増やすため呼吸補助筋まで使用して行う努力呼吸の本態である。

しかし,大脳で随意呼吸は調節できるため, 呼吸不全とは関係なく患者の意思によって変化する可能性もあり,正確な測定は難しいことがある。

肺血栓塞栓症(PTE)

・疫学

1996 年のわが国における PTE 診断数は1年間で3,492 人,人口100万人あたり28人と推定されている.2006 年のわが国における発症数は7,864 人で,10年間に 2.25倍に増加しており,人ロ100 万人あたり62人と推定されている.

米国における人口100万人あたり500人前後の発症数と比較すると,2006年のわが国での人口あたりの発症数は米国の約1/8 となっており, 欧米に比べると多くはない疾患である.

Nakamuraらは, 2015年に過去の研究をまとめ,わが国でPTE 発症数が増加していることを報告している.(年間約16000人) 2006年の調査の約2倍.ただし本邦での年間発症率は ACS440 人, 肺塞栓69人, 大動脈解離 3-4人いずれも10万人あたり/年と, 大動脈解離より発症数はずっと多く,

病院前においても決してまれな疾患ではないことを認識する必要がある.

急性 PTE 患者の性別や好発年齢については, 肺塞栓症研究会共同作業部会調査研究において, 日本人では男性より女性に多く, 60歳代から70歳代にピークを有していることが報告されている.基本的には整形外科手術後の患者や長期臥床の入院中患者に多く発症する疾患なので院内で発症することの方が多いようだが、 院外発症(49%):院内発症(51%)まれな疾患ではないので注意する必要がある.

本症は致死性疾患であり, わが国では心筋梗塞より死亡率が高く(急性 PTE 11.9%). 急性心筋梗塞7.3% ). 心原性ショックを呈した症例では 30%. と高く死亡は発症後早期に多い、本症を疑った場合は,できるだけ早急に診断する必要がある.

引用)日本循環器学会: 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療, 予防に関するガイドライン(2017年改訂版)より

 

・疾患解説

ESC ガイドライン (2019) ではショックまたは低血圧をきたす massvePTE に相当するものは Highrisk となる.ESC ではこの 「ショックまたは低血圧」のことを, 15分以上,収縮期血圧が90mmHg 以下,または正常よりも 40mmHg 以上の血圧低下をきたすものであり,かつそれらが新規発症の不整脈、脱水, 敗血症によらないものであると記載されている.ショックの有無で治療法や対応が変わってくる (ショック無しなら抗凝固療法) 疾患でもあるのでここでは主に重症例であるショックが併発したものを扱う.

基本的には整形外科手術後の患者や長期以床の入院中患者に多く発症する疾患なので院内で発症することの方が多いようだが、院外発症(49%):院内発症(51%)まれな疾患ではないので注意する必要がある。本症は致死性疾患であり,わが国では心筋梗塞より死亡率が高く(急性 PTE 11.9%), 急性心筋梗塞 7.3%), 心原性ショックを呈した症例で30%. )と高く死亡は発症後早期に多い。

本症を疑った場合は, できるだけ早急に診断する必要がある.本症の診断を難しくしているのは,特異的な症状や理学所見, 一般検査がないことである.それゆえ,これらの非特異的所見から本症を疑う必要がある.他の疾患で説明できない呼吸困難では,本症を必ず鑑別しなければならない.一方, 肺疾患, 心疾患を有する患者は本症のリスクが高く,心肺予備能が低いので重症化しやすい. このような例では PTE の診断が難しくなる傾向があるので,致死的疾患であることを念頭に置いて活動する必要がある.

※PTE は急変しうる病気であり ER で診察中に心肺停止になることも少なくない.

致死性 PTE の75%は発症1時間以内に死亡し残り 25%も 48時間以内に死亡するという報告もあり,特にショックを伴う PTE 患者の初期対応は十分に注意する.PTE を直接疑わせる所見は皆無に等しく, 急性 PTE の診断の根拠となる特異的な症状はないのでこのことが診断を遅らせる, あるいは診断を見落とす大きな理由の1つとなる.しかしながら,急性 PTE と診断された症例の 90%は症状により疑われており, 診断の手かがかりとして,症状の理解は重要である.疑わしい症状が認められる場合には, 積極的に観察を進める必要がある.

 

・代表的な自覚症状

呼吸困難,胸痛が主要症状であり, 呼吸困難, 胸痛,頻呼吸のいずれが 97%の症例でみられたとする報告もある。

呼吸困難はもっとも高頻度に認められ, 他に説明ができない呼吸困難や突然の呼吸困難で発症し,VTE の危険因子がある場合には急性 PTE を鑑別診断にあげなくてはならない。

すでに 心肺疾患を有する患者で PTEを併発すると,呼吸困難が以前より増強する。

特に色々観察したにもかかわらず

・説明のつかない頻呼吸

・説明のつかない頻脈

・説明のつかない低酸素 (酸素投与で改善しない)

低酸素状態については高い V/Qミスマッチ(換気血流比不均衡)を起こしているので生じる.

要は換気状態が悪くないのに、肺の血流が全然ないので肺胞で上手に酸素交換ができない.

にもかかわらずPaO2 の低下が過換気により代償されて PaCO2 は低下しないことが多い.

2番目に多い症状として胸痛があげられる.

胸膜痛を呈する場合と胸骨後部痛を呈する場合があり, 前者は末梢肺動脈の閉塞による肺梗塞に起因するもの,後者は中枢肺動脈閉塞による右室の虚血によるものと考えられている.

呼吸困難と胸痛を示す疾患として,気胸,肺炎,胸膜炎,慢性閉塞性肺疾患、肺癌などの肺疾患,虚血性心疾患,急性大動脈解離, 心膜心筋炎,心不全などの心疾患を鑑別する必要がある.

失神も重要な症候で,中枢肺動脈閉塞による重症例にみられるが, 重症度に関係しないとの報告もあり,急性 PTE は失神の鑑別疾患として忘れてはならない.咳嗽、血痰も少なからず認められ, 動悸, 喘鳴, 冷汗, 不安感が認められることもある。血痰は末梢肺動脈の閉塞による肺梗塞によって起こる.

このように急性PTE の症状は非特異的であるため, 症状単独では診断に結びつけることは困難である.しかし,基礎疾患,危険因子となる誘因に加え発症状況を判断材料に用いれば,診断精度は向上する.

特徴的発症状況としては,安静解除後の最初の歩行時,排便·排尿時,体位変換時がある.

臨床所見的には呼吸苦, 胸痛が典型的症状であり頻呼吸, 頻脈が高率に認められる.ショックで発症することもあり,低血血圧を認めることもある.

心不全をきたすと, 顎静脈の怒張や吸気時に増強する右心性 III 音,IV 音を認める.肺梗塞を合併すると crackle(断続性ラ音)を聴取することがあり, DVT に起因する所見としては下腿浮腫,Homans 徴候などがあるものの, 多彩な症状を呈するため疑わなければPTE を判断することはできない.

 

・ちょっと寄り道して失神について

失神は「一過性の意識消失の結果, 姿勢が保持できなくなり, かつ自然に, また完全に意識

の回復が見られること」 と定義される.

意識障害」を来たす病態のなかでも, 速やかな発症,一過性,速やかかつ自然の回復という特徴を持つ 1つの症候群である.前駆症状(浮動感,悪心, 発汗, 視力障害等)を伴うこともあれば伴わないこともある.

失神からの回復後に逆行性健忘をみることがあり, 特に高齢者に多い.

失神前状態 near-syncope, pre-syncope は, 失神に至る寸前の状況を指す表現として使用されるが,真の失神の前駆状態であることもあれば非特異的な 「めまい感」をこのように表現することもある.

失神を来たす病態は様々であるが, 共通する病態生理は「脳全体の一過性低灌流」である.

脳循環が6~8秒間中断されれば完全な意識消失に至り,収縮期血圧が 60mmHg まで低下すると失神に至る .また脳への酸素供給が 20%減少しただけでも,意識消失を来たす.

失神の原因は非心原性の失神が多く (血管迷走神経性とか起立性低血圧とか),だけども心原性の失神には重大な疾患が隠れている, PTE がそこに入るため一応失神のおさらい.

PTE の何を観察するかという話で, 当たり前のことだがここが PTE を見逃す最大のポイントでもあるように思う.

 

・心電図所見について

PTE に典型的な心電図所見として S1Q3T3 がありますが, 発症症例の 20%~25% くらいにしか見ることができず, 最も高い頻度でみられた報告でも約 50%程度で,特異度は高く,所見があれば PTE の可能性がかなり高くなるが,感度が低いので所見がなければ PTE を否定することができるわけではないことに注意が必要,(しかも予後不良のサイン)

V1~V4 の陰性T波も同じような位置づけの所見だが,ともに陽性尤度比は3.7 なので所見があればかなり疑わしい所見ではあるもののPTEは心電図では診断できない.

PTE 患者の約 10%~25%は心電図所見が正常であり,心電図変化がみられないからといって安易に PTE を否定してはいけない.最もよくみられる心電図は洞性頻脈だが 8%~69%にみられるに過ぎない.心電図はあくまで診断の補助的な役割で,他疾患の鑑別目的で使用する.

 

・予測ツールについて

PTE かどうかを予測するツールとして Well's スコア,改定ジュネーブスコア, というものが

ある.オリジナルと簡易版の差は殆どないという研究結果が出ているので簡易版のほうが使いやすいと思われる.

Well's スコアでPE らしいという点数の場合,検査前確率が

Low (<2pt)3% 0.17[0.12-0.25]

Moderate (2-6pt)28% 1.8[1.5-2.1]

High (>6pt) 78% 17[11-27]

となる.

重要なことは点数をつけることではなく、 疑った際に記載された項目を一つずつ観察して評価すること.

PTE の原因は深部静脈血栓 DVTが多く、DVTのリスクも把握しておくとよい.

一緒に評価できたらより絞れるはずなので併せて評価したいところ.


・ついでにPERCについて

肺塞栓の可能性は高くないと思うけど、PERC で肺塞栓を安全に除外できるか?

5killer chest pain の1つとして有名な肺血栓塞栓(PTE).

典型的な症状で受診してくれれば診断までは造影 CT一直線だが酸素化低下がなく頻脈だけの肺塞栓もあるためどのように診断に結び付ければよいか悩ましい場合がある.

ちょっとでも疑ったら全例造影 CT をやるべき!という意見もあると思うがあまりスマートではないし、 時間と費用がかかり、被爆や副作用の心配もある.

そもそも CT によって診断された肺塞栓の多くが臨床的には問題にならず結果として死亡

率に変化が生じないとも報告されていることもあり, 無駄な検査はできるだけ減らしたいところ.

さて,そもそも PERC とは?

Pulmonary Embolism Rule-Out Criteria の略で、PE の事前確率が低いと考えられる患者に対して使用するclinical decision rule .

項目は以下の通りで、 1つも満たさない場合には PERC=0 点となる.

・年齢≧50歳

・心拍数之100回/分

・SpO2<95%

・片側性の下腿腫脹

・喀血

・4週間以内の手術や外傷

深部静脈血栓症や肺塞栓の既往

・ピル内服

PERC=0 点であればそれ以上の検索は不要 (PE の可能性は 1.8%未満)とできるスグレモノ.

Well's スコアが微妙だけど疑わしいなと思ったらこちらを活用するのもアリ,一応参考までに.

 

・最後に専門家に渡すまでの処置

呼吸管理

酸素化が不十分な場合は酸素投与を行うが、何点か注意を要する。まず,PTE において低酸素血症となる原因は、肺動脈を通過する血流が低下することで生じる換気-血流不均衡によるものであるため、低酸素血症の根本解決には肺動脈の再灌流が必要であり,同時進行で行うことを意識する.

酸素投与のみで低酸素血症の改善が乏しい場合には人工呼吸を開始するが、導入する際は,

陽圧換気になることで胸腔内圧の増加により, 静脈還流が減少し,右心不全をさらに悪化させる可能性がある.また,気管挿管の際の麻酔も血圧を下げ右心不全を悪化させる可能性があり,できれば人工呼吸以外の方法(リザーバーマスク,ネーザルハイフロー)での酸素投与を行い,必要に迫られた際にのみ人工呼吸を導入するのが望ましい.人工呼吸管理では呼気終末陽圧(PEEP) の付加には注意が必要であり, 1回換気量は6㎡L/kgと少ない設定が推奨されている.

循環管理

輸液負荷:輸液負荷を行うことで右室拡張末期容積が増大し,心拍出量も増加する可能性はある.しかしもともと増大気味の右室容積をさらに増大させることで右室による左室圧排を助長させる可能性もあり, ESC ガイドラインでは中心静脈圧が低値であれば 500ml以下の輸液負荷とすることを推奨している。

 

以上おわり byYniki

 

バビンスキー反射

片麻痺がある場合の上位ニューロン障害診断に関するバビンスキー反射出現の感度は45%、特異度は98%で陽性尤度比は19、陰性尤度比は0.6
バビンスキー反射が出現すれば上位ニューロン障害の診断は確定できるが、バビンスキー反射が出なくても上位ニューロン障害の診断を否定することはできない
エビデンス身体診察」文光堂より


病的な足趾の背屈は下肢全体の屈曲と同時に起こる。その反応は微弱ではあるが同側の大腿筋膜張筋やハムストリングスでみることができる
病的な足趾の背屈は再現性がある。バビンスキー自身が指摘しているが、趾間が開く動きは正常な現象であり、病的反応の一部ではない。


A:関連病態
バビンスキー反射は錐体路を直接破壊する疾患と、錐体路に影響を及ぼす多くの代謝性疾患で認められその多くは痙攣、髄膜炎、薬物中毒、腎不全や肝不全などの意識障害を伴う。
バビンスキー反射の存在は画像検査で対則大脳半球の病変が存在する可能性が非常に高くなる(LR=8.5)
B:偽陰性反応
錐体路障害があっても足趾が背屈しない症例がある
(1)脊髄ショック
(2)母趾を背屈させる腓骨神経の麻痺
(3)足の筋群の神経障害を免れた錐体路疾患
「マクギーのフィジカル診断学」よりエルゼビア・ジャパン

 

f:id:evidence_Yniki:20201122094220j:image

 

実はBabinski反射の結果は、3種類反応があるみたいです。

①正常では底屈 記載はflexor

錐体路障害があれば背屈 記載はextensor

③全く動かなければ末梢神経障害を示唆 記載は陰性

となるようです。

ご参考までに!

 

 

低血糖性片麻痺の原因と診断

低血糖片麻痺は血糖値低下によって片麻痺をきたす病態で,MRI拡散強調画像で内包後脚に高信号が出現することから,急性期脳梗塞との鑑別が問題となる。低血糖では,内包を含めた白質障害が重要であることが,近年明らかになりつつある。しかしながら,脳全体のグルコース不足にもかかわらず症状が片麻痺となる理由や,左片麻痺と比較して右片麻痺の報告が多い理由については,いまだ明らかでない。

低血糖片麻痺は神経救急における日常診療でよく遭遇する病態であり,血糖値低下に伴い脳卒中様の片麻痺をきたすことをいう。既往に糖尿病があれば鑑別に挙がりやすいが,意識障害や失語を伴う患者の場合は本人から正確な情報を聴取することができないため診断が困難になる。
神経学的初見のみならず画像所見も脳梗塞に類似しているため,片麻痺患者の鑑別診断として低血糖は常に念頭に置く必要がある。
早い段階で低血糖片麻痺を鑑別するためには脳卒中疑いの段階で早期に血糖測定を行うことが望ましい。

I.低血糖の定義,低血糖片麻痺の臨床的特徴
脳はグルコースを栄養として働くが,グルコースを自ら産生することはできない。また他の物質を効率よくエネルギー源として利用したり,余剰グルコースをグリコーゲンとして貯蔵しておいたりすることもできない。
脳機能を維持するためには,継続的なグルコースの供給が不可欠である。血液脳関門を介した脳へのグルコース輸送は血中グルコース濃度に依存するため,通常生体内は,インスリンやグルカゴン,エピネフリンなどを介し常に適切な血糖値が保たれるように調節されている。
低血糖血漿グルコースが70mg/dL以下,また重度低血糖は40mg/dL以下の状態である。低血糖の症状には,自律神経が関与する症状(発汗,振戦,動悸,不安など)と中枢神経のグルコース欠乏による症状(脱力,混乱,性格変化,痙攣,一過性意識障害)がある。血糖値が45mg/dL程度まで下がると,交感神経機能亢進の症状が出現し,昏迷状態となる。この時点では細胞のエネルギー産生は保たれている。血糖値が18mg/dL以下になると,昏睡状態となる。蛋白合成が低下してエネルギー産生も著明に減少する。
 ※1 Yoshinoらによれば,2012年までの低血糖性麻痺の報告を文献的にレビューしたところ,生じた頻度は4.2%(7/168例)と,それほど多くはなかった。性別,年齢,低血糖の原因でその頻度は変わらず,片麻痺時の血糖値は平均32.4mg/dLであり,左片麻痺と比較して右片麻痺が多かった。(右66%,左34%)また,低血糖片麻痺脳卒中との鑑別が困難になる条件としては,

意識障害や失語などによりインスリン投与歴が聴取できない場合,

②内分泌疾患などの内因性の低血糖の場合,

③患者が脳卒中好発年齢である場合,

低血糖による症状が片麻痺のみである場合,

が挙げられている。

※1 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22247979/

II.低血糖による神経障害のメカニズム
従来低血糖による神経障害のメカニズムは以下のように言われてきた。エネルギー不足によって細胞のイオン恒常性に破綻が生じると,シナプス前末端からシナプス間隙にグルタミン酸アスパラギン酸といった興奮性アミノ酸が放出される。こうした興奮性アミノ酸シナプスニューロンおよびグリア細胞に再取り込みされるが,それにはミトコンドリアがつくりだすエネルギーを必要とする。低血糖によるエネルギー不足で再取込みされずに増加した興奮性アミノ酸は,シナプスニューロンの N-メチル-D-アスパラギン酸(N-methyl-D-aspartate : NMDA) 型受容体に結合し,細胞内へカルシウムイオンを流入させて細胞死を引き起こす。近年,興奮性アミノ酸の受容体は, 脳において灰白質(神経細胞, 星状細胞) のみならず, 白質 (星状細胞,
乏突起腰細胞,ミエリン鞘, 軸索) にも存在することがわかってきた。したがって過剰な興奮性アミノ酸は, 前述の機序で,灰白質のみならず白質の細胞も障害する(excitotoxic mechanism) .
エネルギー不足やイオン恒常性の破綻, 興奮性アミノ酸放出は,低血糖と虚血で共通のメカニズムとされる。一方,低血糖のみに特徴的なのは, 最終的にグルタミン酸を消費してアスパラギン酸が増えること, およびアシドーシスを欠くことである。 動物実験でも虚血と低血糖の病態の根本的な違いは, それぞれ関与するアミノ酸の違いであると報告されている。虚血状態のマウス白質ではグルタミン酸,アスパラギン酸の両方が細胞外に放出される。ここに対して低血糖の場合,脳細胞からのアスパラギン酸放出は増え,グルタミン酸放出は減少するとの結果が示された。
低血糖の際,アスパラギン酸は以下の機序により増加し,細胞障害の中心的役割を果たすと考えられている。
グルコース不足によりピルビン酸が滅少する。②ピルビン酸からつくられるアセチル CoA も減少する。
③本来であればアセチルCOA と結合してクエン酸になるはずのオキサロ酢酸が余る。
④余ったオキサロ酢酸はグルタミン酸と反応し, アミノ基転移酵素の作用により αケトグルタル酸とアスパラギン酸がつくられる。
⑤増加したアスパラギン酸は細胞外に放出され,乏突起謬細胞とミエリンの NMDA 型受容体に結合し活性化させる。
⑥内部にカルシウムイオンが流入することで細胞の障害が生じる。
従来灰白質では低血糖の際に細胞外グルタミン酸が上昇するとされており, グルタミン酸減少は白質の低血糖に特徴的かもしれない。またグルタミン酸が減少する理由は,グルコース不足によるアデノシン三リン酸(ATP)枯渇状態を賄うために, グルタミン酸が分解されることによると述べられている。つまり低血糖でも酸素供給が保たれていればクエン酸回路は作動するため,グルタミン酸はαケトグルタル酸に変換されてエネルギー産生に関与する。これに対して虚血の状態では酸素不足によりクエン酸回路が作動せず, 余剰なグルタミン酸が細胞外に放出されると考えられている。低血糖で作動するクエン酸回路はアシドーシス是正にも作用する。アシドーシスの原因となっている乳酸は,ピルピン酸に変換されてクエン酸回路で消費されるので, pHが上がるのである。

Ⅲ.低血糖片麻痺の画像所見,および治療予後
低血糖の患者では, 脳 MRI 拡散強調画像(diffusionweighted image: DWI) で高信号を呈し, ADC値が低下する病変を大脳皮質, 内包, 基底核,皮質下白質などに認めることがある。低血糖でDWI 高信号, ADC低値となるのは,低血糖により細胞障害性浮腫が生じ,細胞周囲の水が細胞内部へ流入して細胞間隙が狭小化することなどが関与している。 ADC値低下を伴うDWI 高信号は,急性期脳梗塞に特徴的な MRI 所見でもある。Yoshino らのレビューでは, 低血糖片麻痺では画像上 22例中 13例で対側または両側内包に, 6例で脳梁に異常所見を認めたと報告されている。 したがって,片麻痺をきたし, DWI で対側内包後脚に限局した高信号を認めた場合,血糖測定することなく低血糖と急性期脳梗塞を鑑別することは, しばしば困難である。Yong らが行った別の文献的レビューでも,症候性の低血糖の報告の約 20%が, 脳梗塞と類似する画像所見を呈していた。

Johkura らは以前, 低血糖による意識障害患者を対象に,急性期 MRI 所見と短期治療予後についての前向き観察研究を行った。この研究によると,純粋に低血糖のみで意識障害をきたした患者では,36例中 23 例に, ADC値低下を伴う DWI高信号のMRI 病変が認められた。この MRI 病変は, 23例中 13例で内包後脚にほぼ限局していた (両側7例, 左4例, 右2例)。そして片側性の内包病変を認めた6例中4例が,治療前に片麻癖(低血糖片麻痺)を呈した患者であった。一方, MRI 病変を呈した 23例中残りの 10例では, DWI 高信号は内包のみならず, 皮質下白質にまで広く広がり,一部では基底核や大脳皮質にまで及んでいた。グルコース静注後の短期予後は, MRI 病変を欠く 13例はグルコース静注直後に意識障害は改善し, MRI病変内包に限局した 13例も,24時間以内に神経症候は消失した。内包の MRI病変も治療翌日には消失していた 。ちなみに低血糖片麻痺はこの範鳴の患者に属する。 

一方,MRI 病変が内包から広く皮質下白質にまで広がった患者10 例は,血糖補正後も意識魔害が遷延し, 翌1週間までに2例が死亡し, 5例が持続植物状態, 3例が高度見当識障害の状態のままであった。 こうした患者では, MRI 病変は治療後も残存し, しかも翌日以降に,病理学的に低血糖の脆弱部位とされる尾状核などの病変が,かえって顕性化した例もあった。
Johkura のMRI による研究を基に低血糖による脳障害の進展を推測すると,以下のようになる。低血糖ではまず,内包後脚などの大きな白質路から障害が始まる。MRI でここに病変が限局しているうちは可逆的(軸索浮腫)であり, 治療すればすみやかに改善する。低血糖性片麻癖はこの段階でみられる。しかしながら低血糖に曝される時間がさらに長くなると, MRI病変は皮質下白質にびまん性に進展する。この段階では障害はもはや不可逆的であり, いわゆる低血糖脆弱部位とされる灰白質神経細胞障害も生じていると考えられる。この神経細胞障害は,さらに後の MRI で視覚化できる場合がある。こうしてみると,MRI の観点からみても,低血糖ではアスパラギン酸が関与する白質障害が重要なカギを握っているようである。


おわりに
低血糖片麻痺脳卒中の重要な鑑別診断の1つであり,早期段階で適切にグルコース投与が行われた場合その予後は良好である。 病態についてはいまだ明らかでないことは多いが, 今後の基礎的,画像的検討のなかでさらに解明が進むと考えられる。

以上参考 BRAIN and NERVE 69巻2号より

引用しながら勉強のまとめでした。

臨床でうまくフィットさせながら活用していきましょう。