Ynikiの備忘録

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低血糖性片麻痺の原因と診断

低血糖片麻痺は血糖値低下によって片麻痺をきたす病態で,MRI拡散強調画像で内包後脚に高信号が出現することから,急性期脳梗塞との鑑別が問題となる。低血糖では,内包を含めた白質障害が重要であることが,近年明らかになりつつある。しかしながら,脳全体のグルコース不足にもかかわらず症状が片麻痺となる理由や,左片麻痺と比較して右片麻痺の報告が多い理由については,いまだ明らかでない。

低血糖片麻痺は神経救急における日常診療でよく遭遇する病態であり,血糖値低下に伴い脳卒中様の片麻痺をきたすことをいう。既往に糖尿病があれば鑑別に挙がりやすいが,意識障害や失語を伴う患者の場合は本人から正確な情報を聴取することができないため診断が困難になる。
神経学的初見のみならず画像所見も脳梗塞に類似しているため,片麻痺患者の鑑別診断として低血糖は常に念頭に置く必要がある。
早い段階で低血糖片麻痺を鑑別するためには脳卒中疑いの段階で早期に血糖測定を行うことが望ましい。

I.低血糖の定義,低血糖片麻痺の臨床的特徴
脳はグルコースを栄養として働くが,グルコースを自ら産生することはできない。また他の物質を効率よくエネルギー源として利用したり,余剰グルコースをグリコーゲンとして貯蔵しておいたりすることもできない。
脳機能を維持するためには,継続的なグルコースの供給が不可欠である。血液脳関門を介した脳へのグルコース輸送は血中グルコース濃度に依存するため,通常生体内は,インスリンやグルカゴン,エピネフリンなどを介し常に適切な血糖値が保たれるように調節されている。
低血糖血漿グルコースが70mg/dL以下,また重度低血糖は40mg/dL以下の状態である。低血糖の症状には,自律神経が関与する症状(発汗,振戦,動悸,不安など)と中枢神経のグルコース欠乏による症状(脱力,混乱,性格変化,痙攣,一過性意識障害)がある。血糖値が45mg/dL程度まで下がると,交感神経機能亢進の症状が出現し,昏迷状態となる。この時点では細胞のエネルギー産生は保たれている。血糖値が18mg/dL以下になると,昏睡状態となる。蛋白合成が低下してエネルギー産生も著明に減少する。
 ※1 Yoshinoらによれば,2012年までの低血糖性麻痺の報告を文献的にレビューしたところ,生じた頻度は4.2%(7/168例)と,それほど多くはなかった。性別,年齢,低血糖の原因でその頻度は変わらず,片麻痺時の血糖値は平均32.4mg/dLであり,左片麻痺と比較して右片麻痺が多かった。(右66%,左34%)また,低血糖片麻痺脳卒中との鑑別が困難になる条件としては,

意識障害や失語などによりインスリン投与歴が聴取できない場合,

②内分泌疾患などの内因性の低血糖の場合,

③患者が脳卒中好発年齢である場合,

低血糖による症状が片麻痺のみである場合,

が挙げられている。

※1 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/22247979/

II.低血糖による神経障害のメカニズム
従来低血糖による神経障害のメカニズムは以下のように言われてきた。エネルギー不足によって細胞のイオン恒常性に破綻が生じると,シナプス前末端からシナプス間隙にグルタミン酸アスパラギン酸といった興奮性アミノ酸が放出される。こうした興奮性アミノ酸シナプスニューロンおよびグリア細胞に再取り込みされるが,それにはミトコンドリアがつくりだすエネルギーを必要とする。低血糖によるエネルギー不足で再取込みされずに増加した興奮性アミノ酸は,シナプスニューロンの N-メチル-D-アスパラギン酸(N-methyl-D-aspartate : NMDA) 型受容体に結合し,細胞内へカルシウムイオンを流入させて細胞死を引き起こす。近年,興奮性アミノ酸の受容体は, 脳において灰白質(神経細胞, 星状細胞) のみならず, 白質 (星状細胞,
乏突起腰細胞,ミエリン鞘, 軸索) にも存在することがわかってきた。したがって過剰な興奮性アミノ酸は, 前述の機序で,灰白質のみならず白質の細胞も障害する(excitotoxic mechanism) .
エネルギー不足やイオン恒常性の破綻, 興奮性アミノ酸放出は,低血糖と虚血で共通のメカニズムとされる。一方,低血糖のみに特徴的なのは, 最終的にグルタミン酸を消費してアスパラギン酸が増えること, およびアシドーシスを欠くことである。 動物実験でも虚血と低血糖の病態の根本的な違いは, それぞれ関与するアミノ酸の違いであると報告されている。虚血状態のマウス白質ではグルタミン酸,アスパラギン酸の両方が細胞外に放出される。ここに対して低血糖の場合,脳細胞からのアスパラギン酸放出は増え,グルタミン酸放出は減少するとの結果が示された。
低血糖の際,アスパラギン酸は以下の機序により増加し,細胞障害の中心的役割を果たすと考えられている。
グルコース不足によりピルビン酸が滅少する。②ピルビン酸からつくられるアセチル CoA も減少する。
③本来であればアセチルCOA と結合してクエン酸になるはずのオキサロ酢酸が余る。
④余ったオキサロ酢酸はグルタミン酸と反応し, アミノ基転移酵素の作用により αケトグルタル酸とアスパラギン酸がつくられる。
⑤増加したアスパラギン酸は細胞外に放出され,乏突起謬細胞とミエリンの NMDA 型受容体に結合し活性化させる。
⑥内部にカルシウムイオンが流入することで細胞の障害が生じる。
従来灰白質では低血糖の際に細胞外グルタミン酸が上昇するとされており, グルタミン酸減少は白質の低血糖に特徴的かもしれない。またグルタミン酸が減少する理由は,グルコース不足によるアデノシン三リン酸(ATP)枯渇状態を賄うために, グルタミン酸が分解されることによると述べられている。つまり低血糖でも酸素供給が保たれていればクエン酸回路は作動するため,グルタミン酸はαケトグルタル酸に変換されてエネルギー産生に関与する。これに対して虚血の状態では酸素不足によりクエン酸回路が作動せず, 余剰なグルタミン酸が細胞外に放出されると考えられている。低血糖で作動するクエン酸回路はアシドーシス是正にも作用する。アシドーシスの原因となっている乳酸は,ピルピン酸に変換されてクエン酸回路で消費されるので, pHが上がるのである。

Ⅲ.低血糖片麻痺の画像所見,および治療予後
低血糖の患者では, 脳 MRI 拡散強調画像(diffusionweighted image: DWI) で高信号を呈し, ADC値が低下する病変を大脳皮質, 内包, 基底核,皮質下白質などに認めることがある。低血糖でDWI 高信号, ADC低値となるのは,低血糖により細胞障害性浮腫が生じ,細胞周囲の水が細胞内部へ流入して細胞間隙が狭小化することなどが関与している。 ADC値低下を伴うDWI 高信号は,急性期脳梗塞に特徴的な MRI 所見でもある。Yoshino らのレビューでは, 低血糖片麻痺では画像上 22例中 13例で対側または両側内包に, 6例で脳梁に異常所見を認めたと報告されている。 したがって,片麻痺をきたし, DWI で対側内包後脚に限局した高信号を認めた場合,血糖測定することなく低血糖と急性期脳梗塞を鑑別することは, しばしば困難である。Yong らが行った別の文献的レビューでも,症候性の低血糖の報告の約 20%が, 脳梗塞と類似する画像所見を呈していた。

Johkura らは以前, 低血糖による意識障害患者を対象に,急性期 MRI 所見と短期治療予後についての前向き観察研究を行った。この研究によると,純粋に低血糖のみで意識障害をきたした患者では,36例中 23 例に, ADC値低下を伴う DWI高信号のMRI 病変が認められた。この MRI 病変は, 23例中 13例で内包後脚にほぼ限局していた (両側7例, 左4例, 右2例)。そして片側性の内包病変を認めた6例中4例が,治療前に片麻癖(低血糖片麻痺)を呈した患者であった。一方, MRI 病変を呈した 23例中残りの 10例では, DWI 高信号は内包のみならず, 皮質下白質にまで広く広がり,一部では基底核や大脳皮質にまで及んでいた。グルコース静注後の短期予後は, MRI 病変を欠く 13例はグルコース静注直後に意識障害は改善し, MRI病変内包に限局した 13例も,24時間以内に神経症候は消失した。内包の MRI病変も治療翌日には消失していた 。ちなみに低血糖片麻痺はこの範鳴の患者に属する。 

一方,MRI 病変が内包から広く皮質下白質にまで広がった患者10 例は,血糖補正後も意識魔害が遷延し, 翌1週間までに2例が死亡し, 5例が持続植物状態, 3例が高度見当識障害の状態のままであった。 こうした患者では, MRI 病変は治療後も残存し, しかも翌日以降に,病理学的に低血糖の脆弱部位とされる尾状核などの病変が,かえって顕性化した例もあった。
Johkura のMRI による研究を基に低血糖による脳障害の進展を推測すると,以下のようになる。低血糖ではまず,内包後脚などの大きな白質路から障害が始まる。MRI でここに病変が限局しているうちは可逆的(軸索浮腫)であり, 治療すればすみやかに改善する。低血糖性片麻癖はこの段階でみられる。しかしながら低血糖に曝される時間がさらに長くなると, MRI病変は皮質下白質にびまん性に進展する。この段階では障害はもはや不可逆的であり, いわゆる低血糖脆弱部位とされる灰白質神経細胞障害も生じていると考えられる。この神経細胞障害は,さらに後の MRI で視覚化できる場合がある。こうしてみると,MRI の観点からみても,低血糖ではアスパラギン酸が関与する白質障害が重要なカギを握っているようである。


おわりに
低血糖片麻痺脳卒中の重要な鑑別診断の1つであり,早期段階で適切にグルコース投与が行われた場合その予後は良好である。 病態についてはいまだ明らかでないことは多いが, 今後の基礎的,画像的検討のなかでさらに解明が進むと考えられる。

以上参考 BRAIN and NERVE 69巻2号より

引用しながら勉強のまとめでした。

臨床でうまくフィットさせながら活用していきましょう。