Ynikiの備忘録

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肺血栓塞栓症(PTE)

・疫学

1996 年のわが国における PTE 診断数は1年間で3,492 人,人口100万人あたり28人と推定されている.2006 年のわが国における発症数は7,864 人で,10年間に 2.25倍に増加しており,人ロ100 万人あたり62人と推定されている.

米国における人口100万人あたり500人前後の発症数と比較すると,2006年のわが国での人口あたりの発症数は米国の約1/8 となっており, 欧米に比べると多くはない疾患である.

Nakamuraらは, 2015年に過去の研究をまとめ,わが国でPTE 発症数が増加していることを報告している.(年間約16000人) 2006年の調査の約2倍.ただし本邦での年間発症率は ACS440 人, 肺塞栓69人, 大動脈解離 3-4人いずれも10万人あたり/年と, 大動脈解離より発症数はずっと多く,

病院前においても決してまれな疾患ではないことを認識する必要がある.

急性 PTE 患者の性別や好発年齢については, 肺塞栓症研究会共同作業部会調査研究において, 日本人では男性より女性に多く, 60歳代から70歳代にピークを有していることが報告されている.基本的には整形外科手術後の患者や長期臥床の入院中患者に多く発症する疾患なので院内で発症することの方が多いようだが、 院外発症(49%):院内発症(51%)まれな疾患ではないので注意する必要がある.

本症は致死性疾患であり, わが国では心筋梗塞より死亡率が高く(急性 PTE 11.9%). 急性心筋梗塞7.3% ). 心原性ショックを呈した症例では 30%. と高く死亡は発症後早期に多い、本症を疑った場合は,できるだけ早急に診断する必要がある.

引用)日本循環器学会: 肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断,治療, 予防に関するガイドライン(2017年改訂版)より

 

・疾患解説

ESC ガイドライン (2019) ではショックまたは低血圧をきたす massvePTE に相当するものは Highrisk となる.ESC ではこの 「ショックまたは低血圧」のことを, 15分以上,収縮期血圧が90mmHg 以下,または正常よりも 40mmHg 以上の血圧低下をきたすものであり,かつそれらが新規発症の不整脈、脱水, 敗血症によらないものであると記載されている.ショックの有無で治療法や対応が変わってくる (ショック無しなら抗凝固療法) 疾患でもあるのでここでは主に重症例であるショックが併発したものを扱う.

基本的には整形外科手術後の患者や長期以床の入院中患者に多く発症する疾患なので院内で発症することの方が多いようだが、院外発症(49%):院内発症(51%)まれな疾患ではないので注意する必要がある。本症は致死性疾患であり,わが国では心筋梗塞より死亡率が高く(急性 PTE 11.9%), 急性心筋梗塞 7.3%), 心原性ショックを呈した症例で30%. )と高く死亡は発症後早期に多い。

本症を疑った場合は, できるだけ早急に診断する必要がある.本症の診断を難しくしているのは,特異的な症状や理学所見, 一般検査がないことである.それゆえ,これらの非特異的所見から本症を疑う必要がある.他の疾患で説明できない呼吸困難では,本症を必ず鑑別しなければならない.一方, 肺疾患, 心疾患を有する患者は本症のリスクが高く,心肺予備能が低いので重症化しやすい. このような例では PTE の診断が難しくなる傾向があるので,致死的疾患であることを念頭に置いて活動する必要がある.

※PTE は急変しうる病気であり ER で診察中に心肺停止になることも少なくない.

致死性 PTE の75%は発症1時間以内に死亡し残り 25%も 48時間以内に死亡するという報告もあり,特にショックを伴う PTE 患者の初期対応は十分に注意する.PTE を直接疑わせる所見は皆無に等しく, 急性 PTE の診断の根拠となる特異的な症状はないのでこのことが診断を遅らせる, あるいは診断を見落とす大きな理由の1つとなる.しかしながら,急性 PTE と診断された症例の 90%は症状により疑われており, 診断の手かがかりとして,症状の理解は重要である.疑わしい症状が認められる場合には, 積極的に観察を進める必要がある.

 

・代表的な自覚症状

呼吸困難,胸痛が主要症状であり, 呼吸困難, 胸痛,頻呼吸のいずれが 97%の症例でみられたとする報告もある。

呼吸困難はもっとも高頻度に認められ, 他に説明ができない呼吸困難や突然の呼吸困難で発症し,VTE の危険因子がある場合には急性 PTE を鑑別診断にあげなくてはならない。

すでに 心肺疾患を有する患者で PTEを併発すると,呼吸困難が以前より増強する。

特に色々観察したにもかかわらず

・説明のつかない頻呼吸

・説明のつかない頻脈

・説明のつかない低酸素 (酸素投与で改善しない)

低酸素状態については高い V/Qミスマッチ(換気血流比不均衡)を起こしているので生じる.

要は換気状態が悪くないのに、肺の血流が全然ないので肺胞で上手に酸素交換ができない.

にもかかわらずPaO2 の低下が過換気により代償されて PaCO2 は低下しないことが多い.

2番目に多い症状として胸痛があげられる.

胸膜痛を呈する場合と胸骨後部痛を呈する場合があり, 前者は末梢肺動脈の閉塞による肺梗塞に起因するもの,後者は中枢肺動脈閉塞による右室の虚血によるものと考えられている.

呼吸困難と胸痛を示す疾患として,気胸,肺炎,胸膜炎,慢性閉塞性肺疾患、肺癌などの肺疾患,虚血性心疾患,急性大動脈解離, 心膜心筋炎,心不全などの心疾患を鑑別する必要がある.

失神も重要な症候で,中枢肺動脈閉塞による重症例にみられるが, 重症度に関係しないとの報告もあり,急性 PTE は失神の鑑別疾患として忘れてはならない.咳嗽、血痰も少なからず認められ, 動悸, 喘鳴, 冷汗, 不安感が認められることもある。血痰は末梢肺動脈の閉塞による肺梗塞によって起こる.

このように急性PTE の症状は非特異的であるため, 症状単独では診断に結びつけることは困難である.しかし,基礎疾患,危険因子となる誘因に加え発症状況を判断材料に用いれば,診断精度は向上する.

特徴的発症状況としては,安静解除後の最初の歩行時,排便·排尿時,体位変換時がある.

臨床所見的には呼吸苦, 胸痛が典型的症状であり頻呼吸, 頻脈が高率に認められる.ショックで発症することもあり,低血血圧を認めることもある.

心不全をきたすと, 顎静脈の怒張や吸気時に増強する右心性 III 音,IV 音を認める.肺梗塞を合併すると crackle(断続性ラ音)を聴取することがあり, DVT に起因する所見としては下腿浮腫,Homans 徴候などがあるものの, 多彩な症状を呈するため疑わなければPTE を判断することはできない.

 

・ちょっと寄り道して失神について

失神は「一過性の意識消失の結果, 姿勢が保持できなくなり, かつ自然に, また完全に意識

の回復が見られること」 と定義される.

意識障害」を来たす病態のなかでも, 速やかな発症,一過性,速やかかつ自然の回復という特徴を持つ 1つの症候群である.前駆症状(浮動感,悪心, 発汗, 視力障害等)を伴うこともあれば伴わないこともある.

失神からの回復後に逆行性健忘をみることがあり, 特に高齢者に多い.

失神前状態 near-syncope, pre-syncope は, 失神に至る寸前の状況を指す表現として使用されるが,真の失神の前駆状態であることもあれば非特異的な 「めまい感」をこのように表現することもある.

失神を来たす病態は様々であるが, 共通する病態生理は「脳全体の一過性低灌流」である.

脳循環が6~8秒間中断されれば完全な意識消失に至り,収縮期血圧が 60mmHg まで低下すると失神に至る .また脳への酸素供給が 20%減少しただけでも,意識消失を来たす.

失神の原因は非心原性の失神が多く (血管迷走神経性とか起立性低血圧とか),だけども心原性の失神には重大な疾患が隠れている, PTE がそこに入るため一応失神のおさらい.

PTE の何を観察するかという話で, 当たり前のことだがここが PTE を見逃す最大のポイントでもあるように思う.

 

・心電図所見について

PTE に典型的な心電図所見として S1Q3T3 がありますが, 発症症例の 20%~25% くらいにしか見ることができず, 最も高い頻度でみられた報告でも約 50%程度で,特異度は高く,所見があれば PTE の可能性がかなり高くなるが,感度が低いので所見がなければ PTE を否定することができるわけではないことに注意が必要,(しかも予後不良のサイン)

V1~V4 の陰性T波も同じような位置づけの所見だが,ともに陽性尤度比は3.7 なので所見があればかなり疑わしい所見ではあるもののPTEは心電図では診断できない.

PTE 患者の約 10%~25%は心電図所見が正常であり,心電図変化がみられないからといって安易に PTE を否定してはいけない.最もよくみられる心電図は洞性頻脈だが 8%~69%にみられるに過ぎない.心電図はあくまで診断の補助的な役割で,他疾患の鑑別目的で使用する.

 

・予測ツールについて

PTE かどうかを予測するツールとして Well's スコア,改定ジュネーブスコア, というものが

ある.オリジナルと簡易版の差は殆どないという研究結果が出ているので簡易版のほうが使いやすいと思われる.

Well's スコアでPE らしいという点数の場合,検査前確率が

Low (<2pt)3% 0.17[0.12-0.25]

Moderate (2-6pt)28% 1.8[1.5-2.1]

High (>6pt) 78% 17[11-27]

となる.

重要なことは点数をつけることではなく、 疑った際に記載された項目を一つずつ観察して評価すること.

PTE の原因は深部静脈血栓 DVTが多く、DVTのリスクも把握しておくとよい.

一緒に評価できたらより絞れるはずなので併せて評価したいところ.


・ついでにPERCについて

肺塞栓の可能性は高くないと思うけど、PERC で肺塞栓を安全に除外できるか?

5killer chest pain の1つとして有名な肺血栓塞栓(PTE).

典型的な症状で受診してくれれば診断までは造影 CT一直線だが酸素化低下がなく頻脈だけの肺塞栓もあるためどのように診断に結び付ければよいか悩ましい場合がある.

ちょっとでも疑ったら全例造影 CT をやるべき!という意見もあると思うがあまりスマートではないし、 時間と費用がかかり、被爆や副作用の心配もある.

そもそも CT によって診断された肺塞栓の多くが臨床的には問題にならず結果として死亡

率に変化が生じないとも報告されていることもあり, 無駄な検査はできるだけ減らしたいところ.

さて,そもそも PERC とは?

Pulmonary Embolism Rule-Out Criteria の略で、PE の事前確率が低いと考えられる患者に対して使用するclinical decision rule .

項目は以下の通りで、 1つも満たさない場合には PERC=0 点となる.

・年齢≧50歳

・心拍数之100回/分

・SpO2<95%

・片側性の下腿腫脹

・喀血

・4週間以内の手術や外傷

深部静脈血栓症や肺塞栓の既往

・ピル内服

PERC=0 点であればそれ以上の検索は不要 (PE の可能性は 1.8%未満)とできるスグレモノ.

Well's スコアが微妙だけど疑わしいなと思ったらこちらを活用するのもアリ,一応参考までに.

 

・最後に専門家に渡すまでの処置

呼吸管理

酸素化が不十分な場合は酸素投与を行うが、何点か注意を要する。まず,PTE において低酸素血症となる原因は、肺動脈を通過する血流が低下することで生じる換気-血流不均衡によるものであるため、低酸素血症の根本解決には肺動脈の再灌流が必要であり,同時進行で行うことを意識する.

酸素投与のみで低酸素血症の改善が乏しい場合には人工呼吸を開始するが、導入する際は,

陽圧換気になることで胸腔内圧の増加により, 静脈還流が減少し,右心不全をさらに悪化させる可能性がある.また,気管挿管の際の麻酔も血圧を下げ右心不全を悪化させる可能性があり,できれば人工呼吸以外の方法(リザーバーマスク,ネーザルハイフロー)での酸素投与を行い,必要に迫られた際にのみ人工呼吸を導入するのが望ましい.人工呼吸管理では呼気終末陽圧(PEEP) の付加には注意が必要であり, 1回換気量は6㎡L/kgと少ない設定が推奨されている.

循環管理

輸液負荷:輸液負荷を行うことで右室拡張末期容積が増大し,心拍出量も増加する可能性はある.しかしもともと増大気味の右室容積をさらに増大させることで右室による左室圧排を助長させる可能性もあり, ESC ガイドラインでは中心静脈圧が低値であれば 500ml以下の輸液負荷とすることを推奨している。

 

以上おわり byYniki